研究1:欧米のガイドラインからみた急性腰痛の診療
急性腰痛の治療
急性腰痛の治療に関しては、イギリスのガイドラインのほうが多くの新しいRCTを検討しているので、科学的根拠の順位付けを3つ星システム(イギリスのガイドライン)で各文末に表記する。
1.患者への情報
1)適切な情報提供と助言により、患者の不安を軽減し、治療に対する満足度を向上させることができる。(★★)
2)日常生活制限を要する腰痛は、数日間から数週間で改善するが、軽い腰痛は長期間持続することがあり、数カ月間持続する場合も多い。(★★★)
3)大部分の患者で腰痛は再発するが、それは腰椎の器質的な異常の存在を意味していない。(★★★)
4)約10%の患者は、1年後にも症状の一部が継続しているが、患者の大半は、通常生活をなんとか継続している。通常活動に復帰した患者は、活動を制限している患者よりも、健康になったと感じ、鎮痛薬の使用は減少し、苦痛が少なくなる。(★★)
5)腰痛のために仕事を休む時間が長くなると、仕事に復帰する可能性が低くなる。(★★★)
2.薬物療法
1)パラセタモールとパラセタモール・弱オピオイド化合物は、効果的に腰痛を軽減する。NSAIDとの有効性の比較は一貫していない。(★★)
2)NSAIDは、効果的に腰痛を軽減する。(★★★)
3)各種NSAIDは腰痛の軽減に同様の有効性を示す。(★★★)
4)NSAIDの高容量の使用や高齢者への使用の場合には重篤な副作用が起こる可能性がある。最も多い合併症は胃腸障害である。(★★★)
5)NSAIDは神経根性疼痛の軽減にはそれほど有効性はない。(★★)
6)NSAID単独で十分な疼痛コントロールができない場合には、パラセタモール・弱オピオイド化合物が有効かもしれない。副作用としては、便秘と嗜眠状態などがある。(★★)
7)筋弛緩薬は、効果的に急性腰痛を軽減する。(★★★)
8)筋弛緩薬とNSAIDの有効性に関する比較結果は一貫していない。パラセタモールに対する比較はない。(★★)
9)筋弛緩薬は、1週間の短期投与でも、嗜眠状態、身体依存症などの副作用を誘発しうる。
10)強力なオピオイドは、パラセタモール、アスピリン、その他のNSAIDなど安全性の高い鎮痛薬よりも効果的とは思えない。(★★)
11)強力なオピオイドは、反応時間、判断力低下、嗜眠状態、身体依存症の可能性などの副作用を誘発しうる。(★★)
12)抗うつ薬は急性腰痛における有効性の科学的根拠はない。(★)
3.安静臥床
1)下肢痛の有無に関わらず、急性または再発性腰痛に対して、2?7日の安静臥床は、プラセボあるいは通常活動よりも悪化させる。安静臥床は、代替治療よりも有効ではない。(★★★)
2)長期安静臥床は、衰弱、腰痛の慢性化、リハビリの支障につながることがある。(★★)
4.活動継続の助言
1)通常の活動を継続するようにという助言は、従来の通常活動は痛みによって判断するという助言よりも、症状回復を早くすることができ、慢性化は少なく、休業期間は短くなる。(★★★)
2)短期間(数日または数週間)の段階的再活動化と腰痛の行動的管理を組み合わせると、痛みの程度と機能障害の回復速度にはほとんど差がないが、慢性化は少なく、休業期間は短くなる。(★★★)
3)予定した短期間内に通常の仕事に復帰するように助言すると、休業期間は短縮することがある。(★)
5.マニピュレーション
1)発症後6週間以内のマニピュレーションは、短期間有効であり、患者の満足度を高くする。しかし、どのような患者が効果を示し、どの種類のマニピュレーションが最も有効なのかの科学的根拠はない。(★★★)
2)腰痛に対する6週間以上のマニピュレーションが他の治療にくらべて有効か否かに関する科学的根拠は確定的ではない。(★★)
3)マニピュレーションに熟練した医師が行う場合には、神経合併症のリスクは極めて低い。しかし、重度または進行性の神経障害のある患者に対しては、マニピュレーションを行うべきではない。(★★)
6.運動療法
1)急性腰痛に運動療法が有効か否かは明らかではない。どの運動療法がどの患者に有効かも明らかではない。(★★★)
2)マッケンジー運動は、急性腰痛を短期間で若干改善することがある。(★★)
7.その他の治療
1)マッサージや超音波は、治療効果がない。(★★)
2)牽引は効果がない。(★★★)
3)経皮的神経電器刺激(TENS)の有効性の科学的根拠は確定的ではない。(★★)
4)腰部コルセットまたはサポートベルトが急性腰痛に有効であるという科学的根拠はない。(★)
5)トリガーポイント注射が急性腰痛に有効であるという科学的根拠はない。(★)
6)鍼が急性腰痛に有効であるという科学的根拠はない。(★)
7)ステロイドの硬膜外注射は、局所麻酔薬の併用の有無とは無関係に、坐骨神経痛を伴う急性腰痛の短期間の緩和に効果が高いと思われる。(★★)
8)ステロイドまたは局所麻酔薬の硬膜外注射は、神経根障害を伴わない急性腰痛に対する有効性は証明されていない。(★)
9)硬膜外注射は観血的であり、まれだが重篤な合併症をもたらす可能性がある。(★★)
10)椎間関節注射が急性腰痛に有効であるという科学的根拠はない。(★)
11)バイオフィードバックが急性腰痛に有効であるという科学的根拠はない。(★)
12)腰痛教室は、職業的設定では有効な場合がある。(★★)
13)非職業的設定での腰痛教室の有効性はまだ証明されていない。(★)
研究2:EBMからみた急性腰痛の病歴と理学所見
MEDLINE searchでの文献検索では、画像診断を除いた急性腰痛の診療に関する論文は47編であった。研究デザイン別分類では、ランダム化比較試験が12、非ランダム化比較試験が4、コホート研究,症例対照研究が13 、時系列研究,非対照実験研究が2、権威者の意見,記述疫学が16であった。これらの文献を評価、参照し、EBMからみた病歴と理学所見について報告する。
アメリカの急性腰痛ガイドライン、イギリスの急性腰痛ガイドライン、および Neck and back pain(Nachemson & Jonsson)が指摘しているように、腰痛の診療において最も重要なのは、病歴から骨折、腫瘍、感染、馬尾症候群など潜んでいる重大な疾病を診断することである。病歴の鍵となる事項は以下のように集約される14)。
1) 重大な疾病を明らかにする最も有用な質問事項は、年齢、癌の既往、説明不能な体重減少、痛みの持続期間、以前の治療への反応である。
2) 静注剤の使用や尿路感染症の存在は化膿性脊椎炎を疑わせる。
3) 強直性脊椎炎は通常の理学検査の信頼性は低い。若年男子に多い。
4) 疾患に特異的ではないが、安静にしても軽快しない痛みの存在は、重大な疾病を疑わせる所見である。
5) 座骨神経痛や間欠跛行は神経障害を示唆している。膝より遠位にまで放散する痛みは、大腿後面までのみに放散する痛みよりも真の神経根症の存在を示している。下肢のしびれや筋力低下の存在は、さらに神経障害の存在を強く示している。
6) 座骨神経痛と麻痺に加えて膀胱障害とサドル型知覚障害が存在する場合には馬尾症候群を考慮する。
7) 心理社会的な病歴は予後と治療計画に有用である。最も有用な項目は、以前の治療の失敗、薬の乱用、障害者補償である。うつ状態や心理社会的問題のスクリーニングテストは、腰痛が亜急性期に入る時点で行うことを薦める。
理学所見で最も重要な所見は以下のとおりである。
1) 棘突起の圧痛は、化膿性脊椎炎を疑わせる感受性の高い所見だが、特異性が低い。
2) 軟部組織の圧痛は再現性が低く、病態を反映しない。
3) 腰椎の前屈制限は、強直性脊椎炎の診断に感受性も特異性も低く有用ではない。脊椎の可動域制限は、治療効果の反応のモニタリングに有用かもしれない。
4) 座骨神経痛や間欠跛行を有する症例には、両側のSLRテストを角度計を用いて行う必要がある。
5) 神経学的所見では、足関節の背屈力と拇趾の背屈力、アキレス腱反射、および知覚検査を行う。知覚は、ピンプリックで足の内側、背側、外側を調べる。
6) 亜急性や慢性の腰痛では、心理社会的因子を評価する必要がある。
4.腰椎椎間板ヘルニアの診断
以下の所見が椎間板ヘルニアの診断に有用である(アメリカのガイドライン、Neck and back pain4))
所見 prediction strength
Crossed SLR陽性 +++
SLR < 60° ++
足関節背屈力の低下 +
拇趾筋力低下 +
アキレス腱反射の低下消失 +
知覚障害 +
膝蓋腱反射の減弱 +
重度の根性疼痛 ++
夜間覚醒の原因になる痛み ++
重度の腰椎運動制限 ++
腰椎前弯の消失and/or機能性側弯 ++
腰痛よりも強い片側の下肢痛 ++
足まで放散する痛み +
pain drawing (+)
第8章 腰痛症患者に対する教育の効果
埼玉医科大学整形外科
白土 修
緒 言
腰痛症に対する治療は、保存療法と手術療法に大別される。前者には、薬物療法を始めとして、物理療法、装具療法、牽引療法、運動療法などが含まれる。一方、後者の代表的治療法として脊椎固定術があげられる。これら腰痛症治療の第一選択は、保存療法であり、症例により前述の様々な治療法が選択される。しかし、腰痛症に対する保存療法の中で忘れてはならないものに「患者教育(Education)」があげられる。患者教育は地味な作業であり、短期間で著しい効果を発揮することは困難である。また、日常の診療・手術に追われる整形外科医にとって、時間を割いて実施することは時に不可能な手段である。従って、保存療法の中で脚光の浴びる治療法とは言い難い。しかし、腰痛に苦しむ患者に対するわずかな教育により、疼痛が著しく改善し、日常生活動作も容易になることを時に経験する。患者教育が腰痛患者の治療に有効であることは経験上だれもが認める事実であるが、その科学的根拠については未だ確立したものとは言い難い。
本研究の目的は、患者教育が腰痛症の治療として有効であるか否かを文献的に検討することである。なお、患者教育の一つの手段として「腰痛学級(Back School)」があげられる。本研究では、患者教育の一環として行われる腰痛学級の有効性に関しても併せて検討を行った。
方 法
腰痛症患者に対する教育の効果を文献的に調査した。調査対象データベースをMEDLINEと医中誌に限定した。1990年から2000年までの11年間に発表され、MEDLINEと医中誌のデータベースに登録された文献の中から、key wordとして"Low back pain(腰痛)" 、"Education(教育)" 、"Back school(腰痛学級、または腰痛教室)"を用いて検索を行った。該当する文献がMEDLINEでは295件、医中誌では46件確認された。その中から「腰痛症患者に教育的アプローチは有効か」というリサーチ・クエスチョンに当てはまる文献を調査対象とした。MEDLINEでは、主論点(Major keyword) として上記の三つのwordを支持している論文を対象とし、295件中40件に絞り出された。一方、医中誌では46件全てを調査対象として検討を行った。
最終的に検討対象とした報告は、原則として、研究方法に Randomized control trial(RCT)が採用されていたものとした。しかし、その他の研究方法の論文であっても有意義と考えられる論文は、調査の対象に加えた。以上のプロセスで抽出された文献は、MEDLINE16件、医中誌4件、合計20件の報告であった。
結 果
「腰痛症患者に教育的アプローチは有効か」というリサーチ・クエスチョンに当てはまる文献を調査した結果、このクエスチョンの回答として参考になる文献は20 編抽出された。ランダム化比較試験が7件、非ランダム化比較試験が2件、コホート・症例対照研究が3件、時系列研究・非対照実験研究が4件、そして権威者の意見・記述疫学が4件であった。邦文論文は、時系列研究・非対照実験研究と権威者の意見・記述疫学が各2件ずつであり、ランダム化比較試験は皆無であった。
各報告のエビデンスのレベル別には、「行うことを強く勧めるだけの根拠がある」が5件、「行うことを中等度に指示する根拠がある」が2件、「あまり根拠はないが、その他の理由に基づく」が12件、そして「行わないことを中等度に指示する根拠がある」が1件であった。
文献を内容的に吟味すると、二種類の教育的手段に関する文献が集積された。一つは、腰痛学級(14件1,2,3,4,5,7,8,10,11,13,14,18,19,20) )であり、他方はパンフレットを始めとする何らかのメディアを用いた腰痛学級以外の教育的手段(6件6,9,12,15,16,17) )である。それぞれの結果に関して報告する。
1. 腰痛学級
腰痛症は、自然経過から急性期、亜急性期、慢性期と大別される。その中で、亜急性期の腰痛に、腰痛学級が有効であったとの強いエビデンスをもつ報告がある13)。この報告は、労働者が対象であり、効果指標として原職復帰を使用した。腰痛学級群の方がコントロール群に比較して、休業のままでいるものは少なく、原職復帰率は高かったことを報告した。一方、家庭の主婦や退職者など、労働者以外の一般人も対象とした場合にも、腰痛学級は有効とする報告がある11)。この報告では、腰痛学級群において通院の回数が有意に減少し、かつ日常生活に対する行動パターンが有益な方向に向かったことを述べた。しかし、腰痛の有無や強度、鎮痛剤の服用回数などの効果指標では有意が無かったとしている。疼痛以外の面での腰痛学級の効果を強調した。
腰痛学級は、腰痛の再発予防にも有効であるとの報告もある19)。この報告では、腰痛の治療が終了した患者に腰痛学級を受講させた後に1年間フォローし、腰痛の再発と休業期間は有意に少なかったことを報告した。
一方、腰痛学級に否定的な報告もある。急性腰痛症患者を対象に、腰痛学級と一般的な治療(消炎鎮痛剤や理学療法)を施行し、職場復帰までの期間と1年後の腰痛再発率などを比較調査した報告がある10)。その結果、強いエビデンスを持って、両群間に有意差が無かった。しかし、この報告は対象が労災患者という特殊性がある。同様に、急性腰痛に対して一般人を対象に腰痛学級の効果を調査した報告がある。比較した治療法は、腰痛学級群と体操群である。後者の方が、腰痛の再発率は少く、運動療法が腰痛学級よりも疼痛のコントロール・軽減には有効であることを報告した。
その他、エビデンスは高くないが、腰痛学級に関しては様々な報告がある。学生に対する腰痛学級受講により、腰痛の発症率は減少し、医療費の削減につながったするもの。精神的な要素の強い腰痛患者に対しても、腰痛学級は有効であったとする報告。また、一つのmeta analysisでは、腰痛学級の有効性が文献上一定した見解が得られていないことを報告している5)。
本邦における、腰痛学級の報告は少なく、かつその中で科学的根拠のあるものは皆無である。これらはすべて、コントロ−ルを持たない研究であるが、概ね腰痛学級の有効性を報告している。
2. 腰痛学級以外の手段を用いる教育
腰痛学級以外の患者教育の手段として一般的なものに、文書(パンフレット)がある。パンフレットが、腰痛に対する患者の意識改革に有効であるとの強いエビデンスを持った報告がある17)。従来からのパンフレットは、疼痛の対処のみに固執するいわゆる「受動的な」ものであり、患者の意識改革に効果が少ない。しかし、この報告で採用した新しいパンフレットは、「腰痛を怖れるな」「腰痛は怖いものではない」「疼痛のみに固執せず、自己の努力で腰痛を処置せよ」といったactiveなメッセージを掲げている。このパンフレットによる効果は、1年間継続し、Roland-Morrisによる成績も良好であった。
発症後7日以上経過した腰痛に対して、McKenzie exercise、マニピュレーション、腰痛教育パンフレットの三種類の治療を比較した強いエビデンスを有する報告がある15)。前二者の効果は同等であり、かつこれらとパンフレットの効果は同等であった。この時期の腰痛に対する、パンフレットを用いた腰痛教育の重要性を示す報告である。
労働者の腰痛に関しては、労働環境を整備し、就労時の注意事項などを教育すれば、10年間の経過で労災認定患者の発生数が減少したとする報告がある。これは、エビデンスの少ない報告であるが、労働環境下での教育の重要性を示唆する報告である12)。
一般大学生を対象に、腰痛に関する知識を質問した報告では、彼らの知識が不充分であるとした。また、腰痛体操に関して充分知識があると回答した学生でも、半数以上が間違った方法で体操を行っていたと報告した9)。いずれも、教育の重要性を指摘する報告である。
一方、教育パンフレットが、腰痛の予防に果たす役割について否定的な報告もある16)。労働者にコルセットと教育(ボディメカニクスを中心とするセッション)を行ったところ、両者は同時に行った場合でも、それぞれ単独で行った場合でも就労時の腰痛発現率を減少させることが出来なかったことを報告した。また、これは同様に休業期間の短縮に関しても効果が無かったと報告した。これは、労働者に対して教育を行わないことを中等度に指示する根拠がある報告である。
考 察
本研究のリサーチクエスチョンは「腰痛症患者に教育的アプローチは有効か」というものであった。MEDLINEおよび医中誌を用いた文献検索では、強いエビデンスを有する報告が見出された反面、これに否定的な報告も散見された。これらの報告を正しく解釈し、EBMの一環として公にするにはいくつかの問題点も残される。以下に、問題点を統括し、最後にリサーチクエスチョンに対する回答を述べる。
1. 腰痛(Low back pain)の定義
報告全体を通じて、一般的な退行性腰椎疾患を対象としており、急性期、亜急性期、慢性期の区別はなされていた。しかし、厳密な区別とは言い難かった。また、神経症状の有無に関しては触れられていない報告もあった。発症からの期間が定義され、神経症状の有無が記載されたとしても、腰痛の詳細な原因は症例により様々である。各報告を解釈するためには、注意が必要である。
2. アウトカムメジャー(効果指標)
測定されたアウトカムメジャーは、大きく分けて次のように分類され、それぞれ項目別の評価法を用いて評価されている。
1) 疼痛;その有無・強度・持続期間、腰痛の再発の有無・回数、VAS
2) 鎮痛剤;使用の有無、回数
3) 通院の回数
4) 職場復帰(return to work);その有無、復帰までの期間
5) 休業期間(sick leave)
6) 機能障害(disability);Roland-Morris,Oswestry
7) 生理学的身体機能評価;脊柱柔軟性(FFD, SLR)、体幹筋力・筋持久力
8) 腰痛体操;実施率・回数
9) 指導内容の正確性・把握度
10) 治療の満足度
11) 心理評価
12) その他
いずれの評価法を採用するかによって、成績も当然異なってくる。注意深い解釈が必要となる。
3. 「腰痛学級」の定義
一口に腰痛学級と言っても、その形態や運営方法は千差万別である。セラピストが主体となって、主に腰痛に対する知識やボデイメカニクスだけを短時間で教えるものから、医師が主体となり、腰痛の講義は勿論、腰痛体操を懇切丁寧に指導するものまで様々である。また、医師の参加の面でも精神科医など他の専門医が参加する学級もある。その他、脊柱の柔軟性や体幹筋力・筋持久力などの身体機能を測定し、腰痛学級による治療効果判定に採用しているものもある。従って、学級の種類によっては、運動療法や心理療法を併用する結果になることも多い。この点も結果の解析の際に注意が必要である。
4. リサーチクエスチョンに対する回答
本研究の結果、統括的な見解として、腰痛症に対して教育的アプローチは有効であると言える。しかし、前述した様にアウトカムメジャーには様々な種類があり、全てに及んで有効という訳では無い。その治療効果に関しては、幅広い観点からの解析が必要である。一方、急性期腰痛に対しては、その効果は未だ議論の残るところである。また、腰痛の再発と言う観点から、教育的アプローチの有効性に関しては議論が残る。
第9章 職業性腰痛
日本医科大学整形外科
宮本雅史 伊藤博元
I.文献検索の結果について
職業性腰痛について文献検索を行ない、科学的根拠を検索した。論文検索のデータベースはMedlineと医学中央雑誌を用い、1990〜2000年の英語論文と日本語論文とした。日本語論文の検索式はキーワードを腰痛と職業または労働とした。英語論文の検索式は腰痛のキーワードをLow Back Painとし、職業のキーワードをOccupationまたはWorkまたはJobまたはLaborとした。 この1次検索の結果として英語論文453、日本語論文94の合計547論文がヒットした。さらに内容が職業性腰痛に関する論文とするには不適当である271論文、および抄録やレターなどの26論文を除いて250論文を抽出した。この250論文を年度別にみると年々職業性腰痛に関連する論文は増加しており、前半5年の56件に比べて後半6年では 198件であった。
次に論文を研究のデザインにより分類するとランダム化比較試験 3論文、非ランダム化比較試験2論文、コホート・症例対照研究29論文、時系列研究・非対照実験研究99論文、権威者の意見・記述疫学117論文であった。権威者の意見・記述疫学が最も多く、内容は原著論文が41件、総説が76件であった。ここではエビデンス論文集の候補としてI〜II-3に該当する 133論を採用した。採用された113論文の内容についてみると、職種を特定しない職業性腰痛の発症や予後に影響を及ぼす因子の検討に関するものが69論文であった。特定な職業に関するものは59論文であり、介護労働者・看護婦を対象としたものが18、その他では工場作業:13、建設作業:4、車両運転手:4、兵隊:2、農業:2、きこり:2、警察官:2、郵便局員:2、事務員:2、その他:8であった。
また基礎的研究が8論文あり、作業中の腰部への負荷を生体工学的に検討したものであった。腰痛の診断や評価に関する研究は8論文あり、腰痛と画像所見との関連については4件、腰痛や機能障害の評価法の検討に関するものが4件みられた。治療に関するものは18論文、理学療法の効果を検討したものが7件、 back schoolが6件、腰痛ベルトが3件、 TENSが2件であった。その他としては慢性腰痛の予後と補償との関連について検討したものが10論文、社会心理的要因との関連について検討したものが7 論文であった。
以上からリサーチクエスチョンを職業性腰痛の頻度、および職業性腰痛のリスクファクターとして、看護婦、建設労働者、車両運転手および工場労務者について具体的に論文をまとめました。また別のリサーチクエスチョンとして職業性腰痛からの職場復帰を取り上げ、職場復帰間での期間、腰痛の評価方法および職場復帰を遷延させる因子についてまとめた。
第10章 介護者の腰痛
東京大学大学院教育学研究科身体教育学講座
武藤芳照
1.介護作業と腰痛
介護職と腰痛発生との関係がすでに指摘されており、入浴・移乗・体位変換・整容等の介護動作の反復が原因とされている1)。被介護者の日常生活における依存度が高ければ、介護職の腰痛の発生は高まる2)。こうした介護作業に伴う腰痛は、介護施設の職員に留まらず、在宅介護に携わる家族の腰痛等の健康障害の発生という深刻な事態を招いている3)。
介護作業に伴う腰痛の病態については、筋・筋膜性腰痛症が最も多く、次いで腰椎椎間板障害等とされており、適切な運動・生活指導と教育的介入により自己管理能力を高めることが必要である。
2.介護のスキル
介護者は職務上、介護対象者の挙上動作、中腰姿勢、体幹前屈姿勢・捻転動作を日々反復して行う。このような各種介護動作のスキルが腰痛発生と関連しており、膝関節の屈伸や1)。足部の動きが重要であり、腰部ベルトの使用よりも、足部の動きを交えた挙上動作等のスキルの方が効くとされている4)したがって、個人の脊椎機能と実際の介護作業・動作を評価し5)(グレードA)、人間工学的アプローチを実現した上で6)(グレードA)、腰部に負担がかかりにくい介護動作の指導・教育が必要である。
3.運動指導、教育的介入
適切な腰痛教育により自己管理志向が高まり、7)また、通常の腰痛教室や家庭での運動等の教育的介入以外に、健康体操プログラムの実地指導を継続させることは、腰痛により有効である8)。教育に当たっては、介護作業姿勢・動作に関する実地指導や腰痛予防のための生活習慣改善の指導も効果がある(グレードB)9)。自己管理法を教育された一般人が指導しても効果があり、また、グループ単位での指導が有効である。10)一方、介入が終了後、7週を経過すればその効果は消失するため、11)腰痛者が教育・指導内容を長く継続するためには、動機づけとコンプライアンスが重要であり12)(グレードA)、1年に3回のような繰り返しの指導が必要である13)(グレードA)。
4.社会心理学的要因
介護の職場では、すでに看護の職場でも指摘されているように、2)腰痛者には労働条件、職場環境により多くの不満を抱いている者が多い14)。特に女性では、人間関係や重責などの「精神的作業負荷」が腰痛発生に関与している場合が多い。身体的作業負荷の評価に心理的評価も加えることが薦められている15)(グレードB)。また、職場環境や人間関係の改善に目を向けることも重要である16)(グレードB)。適切でコンプライアンスのよい運動・生活指導であっても、欠勤への補償が十分にある等の条件下では、職場復帰への積極的働きかけがなされなければ、いたずらに欠勤日数が延びることが示されており、17)それらを含めた総合的な視点からの社会心理学的要因への対応も重要である。
5.身体的要因
介護者の腰痛に対応するに当たっては、介護作業に伴う腰部への負荷のみではなく、他の様々な身体的要因をも考慮する必要がある18)(グレードA)。筋力と柔軟性の低下は、腰痛発生を促進することから、腰痛体操は有効であるが、日常の運動習慣の獲得は、身体機能を向上させ、間接的に腰痛発生に影響することに着目させることが必要である19)(グレードB)。例えば、生活習慣病と関係が深い体格指数が25?/?を超えると、腰痛のリスクになるな20)どについての知識を啓発するべきである(グレードB)。
6.予防
介護者の腰痛の予防には、個々の介護姿勢・動作の改善、日常身体活動の向上、柔軟性向上と筋力増強運動を主体とした健康運動プログラムの継続、社会心理学的要因の検索とその対応、職場環境の整備等が重要である。
【 文 献 】
1) 小瀬奈緒美他:保健医療従事者の腰痛について,日本災害医学会誌,47(2)114-120,1999
2) Takashi Fujimura et al. :Work-Related Factors of Low Back Pain among Nursing Aides in Nursing Homes for the Elderly, J.Occup Health 37: 89-98, 1995
3) 峠田和史他:養護学校通学児童の在宅介護の実態と介護者の健康状態,日本公衛誌44(10)779-787,1998
4) Lavender.S.A : Effect of Lifting Belts, Foot Movement, and Lift Asymmetry on Trunk Motions, Human Factors 37(4): 844-853, 1995
5) 豊永敏弘他:腰痛の発生と予防に関する運動学的研究-特に重量物取扱い作業と介護動作を対象として-,日本災害医学会誌,46(2):142-151,1998
6) Bradley A. Evanoff et al :Effects of a Participatory Ergonomics Team Among Hospital Orderlies, A.M.J.Indus.Med. 35: 358-365, 1999
7) Saunders KW et al : Prediction of physician visits and prescription medicine use for back pain, Pain 83: 369-377, 1999
8) H.Frost et al : Randomised controlled trial in evaluation of fitness program for patients with choronic low back pain,BMJ 310: 151-154, 1995
9) Serge Fanello et al: Evaluation of an Educational Low Back Pain Prevention Program for Hospital Employees, Rev. Rhum(Engl.Ed.) 66(12): 711-716, 1999
10) Koff M.V. et al: A Randomised Trial of a Lay Person-Led Self-Management Group Intervention for Back Pain Patients in Primary Care, SPINE 23(23): 2608-2615, 1998
11) Cherkin DC et al : Pitfall of patient education: Limited success of a program for back pain in primary care spine 21(3): 345-353, 1996
12) H. Frost, S.E. et al: A fitness programme for patients with chronic low back pain: 2-year follow-up a randomized controlled trial, Pain 75: 273-279, 1998
13) Annie Sobaszek et al : Long-Term Assessment of a Sanitary Education and Lumbar Rehabilitation Program for Health Care Workers With Chronic Low Back, JOEM 43(3): 289-294, 2001
14) 天利紀子:介護者における腰部自覚痛と圧痛の解析—作業負荷および生活要因との関連—,産業衛生学雑誌,41:166-173,1999
15) Hollmann S et al: Validation of a questionnaire for assessing physical work load, Scand J Work Environ Health 25(2):105-114, 1999
16) Eva Horneij et al: No significant differences between intervention programmes on neck, shoulder and low back pain: a prospective randomized study among home-care personnel, J Rehabil Med 33: 170-176, 2001
17) A.Faas et al: A Randomized Trial of Exercise Therapy In Patients With Acture Low Back Pain Efficacy on Sickness Absence, SPINE 20(8): 941-947, 1995
18) Morlock M.M. et al: Determination of the in vivo loading of the lumbar spine with a new approach directly at the workplace-first results for nurses, Clinical Biomechanics 15: 549-558, 2000
19) 衣笠隆:腰痛経験に及ぼす体力と加齢の影響:特別養護老人ホームの女性介護職員の場合,体育学研究40:151-160,1995
20) Engkvist IL et al : Risk Indicators for Reported Over-Exertion Back Injuries among Female Nursing Personnel, Epidemiology 11(5):519-522, 2000
腰痛に対する徒手整骨療法: ランダム化比較試験のシステマティックレビューおよびメタアナリシス 【RIS】
Osteopathic manipulative treatment for low back pain: a systematic review and meta-analysis of randomized controlled trials.
著者:Licciardone JC/Brimhall AK/King LN
出典:BMC Musculoskelet Disord/6巻,43頁/発行年:2005年
PMID:16080794
目的
腰痛に対する補足的治療としての整骨療法 (osteopathic manipulative treatment: OMT) の効果を検証。
研究デザイン
メタアナリシス
論文検索方法
MEDLINE,OLDMEDLINE,EMBASE,MANTIS,OSTMED,Alt Health Watch,SciSearch,ClinicalTrials.gov,CRISP,and the Cochrane Central Register of Controlled Trialsを検索。また,脊椎徒手整復術関連のレビュー論文およびメタアナリシス論文も検索し,レビュー論文の引用文献をマニュアルサーチ。
対象論文の選択方法
■採用基準:
外来施設にて,整骨医,整骨療法の医師,整骨療法の研修医がOMTを実施し,腰痛の評価が盲検化されているランダム化比較試験。
■除外基準:
麻酔下での手技,産業医療施設,および入院患者を含む論文。
データ抽出方法
2人の研究者が,以下の項目についてデータを抽出。
方法論的特徴,OMTおよび対照治療,および腰痛アウトカムに関するアブストラクトデータ。対立するデータは,コンセンサスによって解決。
定量的データ合成の方法
全ての試験結果の報告には,Cohen's d統計による効果サイズを用いた。群間差の平均値は,P値により効果サイズを決定し,両側t検定で導いた95%信頼区間 (95% confidence interval: CI) を得た。また,メタアナリシスはinverse varianceにて重み付けを行った。試験の均一性の検定にはQ統計を用いた。本メタアナリシスは主として固定効果モデルを使用し,その結果をランダム効果モデルによるものと比較。
エンドポイント
OMTの腰痛減少効果。
主な結果
8つのOMT群と対照群を比較した6試験 (525例) が対象となった (2試験で2種の対照群とOMT群を比較)。
【エンドポイント】
全体解析の結果,OMT群は対照群に比し,有意に腰痛を低下させた (効果サイズ−0.30,95% CI −0.47〜−0.13,P=0.001,固定効果モデル)。これは,ランダム効果モデルにおいても同様であった (効果サイズ−0.31,95%CI −0.49〜−0.13,P=0.001)。Q統計は有意性は認められず,論文の均一性が証明された。
層別解析の結果,OMT群では,積極的治療群またはプラセボ群に比し,疼痛が有意に減少した (固定効果モデル,ランダム効果モデルともに,効果サイズ−0.26,95%CI −0.48〜−0.05,P=0.02)。また,OMT群と非治療群の比較でも,同様の結果であった。
英,米における試験でもOMT群の有意な効果が認められた (英: 効果サイズ−0.29,95%CI −0.58〜−0.00,P=0.050,米: 効果サイズ−0.31,95%CI −0.52〜−0.10,P=0.004,固定効果モデル)。
短・中・長期追跡期間の試験においても,OMT群において有意な疼痛減少がみられた (短期: 効果サイズ−0.28,95%CI −0.51〜−0.06,P=0.01,中期: 効果サイズ−0.33,95%CI −0.51〜−0.15,P<0.001,長期: 効果サイズ−0.40,95%CI −0.74〜−0.05,P=0.03,固定効果モデル)。
結論
OMTは,腰痛を有意に大幅に減少させ,その効果は少なくとも3ヵ月は持続した。
疾患レビュアーコメント
Osteopathy は1874年にアメリカの医師Andrew Taylor Still (1828-1917) により発表されたもので,独特の医療体系をもつ。名称には骨がつくが,骨に限らず全身の広い解剖,生理などの知識に基づく診療を行う。通常の医師と同等の診療,すなわち診断,治療 (外科手術,薬物を含む処方),処置など医行為が認められている。日本ではこの資格は認められておらず,日本ではこの治療を受けることができない。治療内容の実際が日本では知られておらず,コメントしがたい。
これまでのカイロプラクティックに関する調査研究と報告
研究調査名 年度 国名 研究責任者 有効性
ニュージーランドレポート
カイロプラクティック調査委員会 1979 NZ イングリス委員長 (弁護士・法学部教授)
フレイザー、ペンフォールド他 認
め
る
オーストラリア厚生省
メディケア受益検討委員会 1984 豪州
ニュージーランドレポートを参照
認
め
る
スウェーデン
代替医療委員会報告書 1987 SWE 政府、教育者の代表と医師、カイロプラクター各1名
認
め
る
日本厚生省
脊椎原性疾患の施術に関する医学的研究・三浦レポート 1991 日本 主任研究者:三浦幸雄(整形外科教授) 研究協力者:石田肇他7名の整形外科医
認
め
ず
米国厚生省 ランド研究
腰椎に対する脊椎マニピュレーションの適応性 1991 米国 シェキリー主任研究者(大学教員)
その他医師6名、カイロプラクター3名
認
め
る
カナダオンタリオ州政府
マンガレポート 1993 CAN マンガ主任研究者(大学教授)
健康経済学者他3名 認
め
る
英国王室基金
ビングハムレポート 1993 英国 カイロプラクティック特別調査委員会 認
め
る
米連邦政府ヘルスケア対策研究局
成人における急性腰痛の諸問題腰痛ガイドライン 1994 米国 ビゴス整形外科医他23名のパネル委員とカイロプラクター2名 認
め
る
英国政府
腰痛の臨床業務ガイドライン
腰痛ガイドライン 1995 英国 臨床スタンダード委員会
10名中カイロプラクター1名参加 認
め
る
カナダケベック州
むち打ち関連疾患に
関する調査
1995 CAN ケベック州調査委員会
スパイザー委員長他34名の専門家
(カイロプラクター含む) 認
め
る
英国腰痛運動とマニピュレーションの無作為試験 2004 英国 英国BEAM(back pain exercise and manipulation)試験チーム 認
め
る
カイロプラクティックの
基礎教育と安全性に関するWHOガイドライン 2005 WHO WHOカイロプラクティック調査委員会
計26名(WHO、政府機関関係者含む) 認
め
る
米国内科学会および
米国疼痛学会による
統合臨床診療ガイドライン 2007 米国 米国内科学会臨床有効性評価委員会および米国疼痛学会腰痛ガイドラインパネル計医師7名 認
め
る

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